「コンゴを知る」 
案内

 Dr. Wufela Andre Yaek' olingo
(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所客員教授)
  • 日時 2002年1月30日(水) 19時〜21時
  • 場所 ニ子玉川地区会館 2F小会議室 さぎそう

知られざる遠い国の政治のこと、子供たちのこと、女性たちのこと、教育のこと、生活など自由に話しましょう。

参考 


英語、フランス語、日本語にて。テーマに従って、できてもできなくても関係無くいろいろな言語を使いながらコミュニケーションするのは面白い。以下簡単な内容。

コンゴでよく知られている日本とコンゴの関係は広島の原爆。当時ベルギーの植民地であったコンゴのウラニウムがベルギー経由でアメリカに渡ったのだった。

コンゴにはコンゴ民主共和国とコンゴ共和国の2つある、Wufela先生はコンゴ民主共和国出身、又の名をコンゴキンシャサとも呼ぶ。

人口4910万人、首都キンシャサには600万人。コンゴ共和国の首都ブラザビルとキンシャサは船で近い。

貧富の差が大きい。25%が外人を含めた金持ち。35%が中流。40%が貧しい人々である。

70%の人がキリスト教(カソリックが50%、プロテスタントが20%)ムスリムが10%、ローカルな宗教が20%。

0歳から26、7歳の若年層が人口の57%を占める。貧しくて学校へ行けない子供も多い。私立学校は授業が高い。子供1人公立学校に行くのに月に$10かかる、公立では$35ほど。1960年までは大学進学が少なかったがそれ以降は高い進学率。

400〜500万人が世界中で働き、知識人がコンゴへ戻る傾向がある。戦争が終結し近い将来国がいい方向に転換するはず。

言語は400ほどある、SWAHILI, LINGALA, KIKONGO, TSHILUBAなど、公用語はフランス語。

アフリカではナイジェリアとコンゴ民主共和国と南アフリカが大きな力を持つ。

歴史 1886年から1960年までベルギーの殖民地であった。1960年〜1971年はカサブヴ大統領が支配。1971年〜1997年はモブツ大統領が支配してザイールと国名、アメリカの影響力があり豊富な資源など富を独占。1997年カビラが倒す。現在内乱状態であるが終結も近いだろう。詳しい歴史はJAKI'sコンゴという国が詳しい。

美しい女性は早く結婚するそうだ。女性も仕事を持ち自立しているらしいが、実質的には金持ちの男は複数の女性を妻にし男女不平等のようだ。